Cafe HOUKOKU-DOH

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人事屋修行記(第38話)

上司

店主が川崎工場の人事に配属になったときには、課長は新宿本社にいて兼務していて、川崎工場には係長がいました。この係長、店主が配属になって数ヶ月で会社を突然辞めてしまいました。

 

後任人事は、店主の教育係(今でいうとブラザーですね)が女性初の係長になることになりました。当時、彼女は三十代半ばで、ちょうどひとまわりはなれていました。

 

彼女は、結婚しており配偶者はソニーのエンジニア。お子さんはおらず、ご夫婦2人で暮らしていました。そんな家庭環境でもあったせいか、仕事の担当や労働時間は男性となんら変わらず、当時の標準的な昭和のサラリーマンとして、バリバリと仕事をこなすという男勝りの働き方をするという方でした。

 

仕事における指導方法もとても厳しいもので、「やるべきことをしっかりとやる」ということはもちろん、アウトプットの要求レベルも相当高く、給与計算で初めて間違ってしまったときなど、怒鳴りとばされたりしました。また、社内に展開する文書をチェックしてもらうと、全面すき間がないくらいに真っ赤になるほど、直されたりもしました。

 

そのほかにも、仕事上の立ち居振る舞いから、マナー、常識などのしつけも社会人として恥ずかしくないようなレベルで体にたたき込まれるよう指導されましたし、仕事時間中の私用行為や公私混同のようなものは、特にうるさくいわれたのを今でも鮮明に覚えています。

 

そんなとても厳しい上司に対し、店主はというと若いせいもあり、結構反発をしていました。仕事に対して細かいやり方まで指示されたときなど、「こうやった方が効率的では?」とか「この仕事の目的が今の説明だと理解できません」など、「一人前の仕事もろくにできないのに何を偉そうに」といった今考えると冷や汗がでてくるようなことを平気でいっていました。

 

ただ、ミスの指摘などは的確で的を射ていたので、そんなときはとても自分としても悔しく、何とかノーミスでしっかりやって見返してやりたいという想いで、とにかく仕事に懸命に取り組んでいました。

 

そんな彼女ですが、実は店主にとても気を配っていてくれて、寮で一人でいることや、呑ん兵衛なものですから、休日出勤の帰りなどは必ずといっていいほど、食事に誘ってくれ、彼女自身はまったく飲まないのに、何時間もウーロン茶で飲みに付き合ってご馳走してくれました。

 

誘われるときは、だいたいサシ飲みで、会社の近所の居酒屋なんかに行きます。話しは会社の上司らしく仕事の話が中心ですが、おばちゃんも結構入っているので、世間話や社内のうわさ話なんかも織りまざって結構2人でいつも盛り上がっていました。

 

それから、休みの日などは自宅の方にもよく呼んでもらって、焼酎好きのご主人に相手をしてもらいつつ、彼女に手料理を振舞っていただきました。

 

いま、この年になってあらためて振返ると、若くて生意気な新人を上司としてとても厳しく、かつコミュニケーションを常に持つべく気を遣ってくれ、いろいろな話も聞いてくれたことが、店主の社会人としてのスタートをスムーズに切らせてくれましたし、また社会人としての基礎能力をしっかりと身に付けさせてくれたと思っていて、とても感謝しています。

 

最近はすっかりご無沙汰していて、年賀状のやり取りだけですが、たまには連絡でもとってみますかね。

 

つづく…