Cafe HOUKOKU-DOH

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IVYおじさんの創業日誌

元部下

先週末、会社員時代の部下に用事があってLINEしたところ、一緒に早期退職制度のプロジェクトを担当した労担の元部下が退職するという。

 

さっそくメールを入れてみたところ本当であった。7月末で退職をすることを決め、内定を2社からもらっているらしく、週末をつかって赴任先の環境などを見に来ているという。場所は九州と北関東らしい。

 

転勤

そんなやり取りをしている中で、別の部下である中堅の人事メンバー2人が横浜に引っ越してくるという。聞けばみなとみらいにある拠点に転勤になったそうだ。教えてくれた転職する彼も、転職しなければ3人一緒にみなとみらいに転勤だったそうである。

 

ホームページで拠点を見てみると、ビルのワンフロアを借りているようで、おもな機能は設計・開発と営業であった。コーポレート機能があるわけでもなく、事業部の人事が3人も必要なわけもなく、おそらく合併効果を出すために営業に配転になったのではないか。

 

吸収合併

彼らがいる会社は、店主が新卒で入社し、2016年まで勤めていた会社だ。その会社での最後の仕事が、人事部長として早期退職を企画し、実行するというものであった。

 

 

別に責任を取る必要などはなかったのだが、国内単独の1/10にあたる4百人を退職させ、体質改善をはかりV字回復するのが目的であったため、リストラの後にはあらたな出発になる予定であった。

 

そこにはリストラを手掛けた人事屋よりも別の人物が人事の責任者になるべきと思い、また人事を生業としてきた者として、退職をするのであれば、このタイミングと理由以外にチャンスはないと考え、早期退職の401人目の応募者として申請書を出したのであった。

 

その後、見事にV字回復を果たし、結果につながる仕事をしたと自分ひとりで満足していた。しかし親会社の戦略により、その会社はグループのサプライヤーの2社と一緒に競合企業に売却され、2021年に吸収合併され、会社は消滅した。

 

タイミング

吸収合併のニュースを聞いたとき、店主はとびあがるほどに驚くと同時に、ホッと胸をなでおろした。仮に2016年のタイミングで退職していなければ、被吸収合併会社の人事として、合併作業に携わらなければならない。

 

それまで築いてきたものをすべて否定して、あたらしい会社のルールに合わせ込んでいく作業である。想像しただけで身を切られるような思いをするのは容易であった。

 

 

また、吸収合併が決まってから退職するなどということは敵前逃亡にひとしく、責任者としてできるようなことではなかったであろう。

 

そんなさまざまなことが頭をよぎり、正直、部外者の立場でそのニュースを聞くことになったことに感謝した。

 

キャリアハップンスタンス

1社目の退職はキャリアプランに沿ったものでもなく、本意でもなかったが、2社目の化学メーカーに転職してみて、転職してよかったと素直に感じた。

 

その一番の理由は、2社目の会社に行ってみて、店主の経験や知識が意外と社外でも役に立ち、必要とされるレベルなのだということがわかったからだ。

 

その後2社目も退職し、現在の仕事につながっていくのであるが、早期退職を責任者として企画、実行するという仕事を経験しなければ、いまのキャリアはまずありえないことであった。

 

1社目に勤務していたころは、転職の「て」の字も考えたこともなく、定年までそこの会社にいる気満々であった。逆にいうと、それ以外のオプションはまったく検討すらしていなかったのである。

 

それがフタを開けてみると、定年までいる予定であった会社が吸収されてなくなってしまったのである。そうなってから自分のキャリアを考えているのでは遅かっただろうし、自分の市場価値もわからず、まして独立する決心など不可能であったであろう。

 

これぞ「キャリアハップンスタンス」である。キャリアは予測しない偶然の出来事によって必然的に形成されるという考え方だ。偶然に起こる出来事を歓迎し、それを柔軟に受け入れることが、いい結果をうむという。

 

元部下3名の近況を耳にして、あらためて自身のこの6年間の環境の変化について考えさせられたのであった。