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人事屋修行記(第142話)

役員退職金廃止

前年に執行役員制度を導入したのですが、世の中はスチュワードシップコードや監査等委員会設置会社導入への会社法改正など、日本の周回遅れのガバナンスを強化する動きが強まっていた時期でした。社長や管理本部長の関心もとても高く、執行役員制度入れたら次は、という感じで役員退職金廃止検討が始まりました。

 

わが国の役員退職金の水準は、1年あたり5百万から1千万円というもので、その在任期間の割には大きな金額で、かつ支給を株主総会に諮る必要があったり、有価証券報告書に引当額を記載するため、結果的に支給総額がわかってしまうなど、株主から厳しい目が向けられるようになっていました。

 

また、退職金という報酬の後払い的性格の制度に対し、なじみのない海外投資家などへは説明が難しく、かつ業績連動性が極めて低いので、日本の役員報酬制度改革では真っ先に取り上げられた項目でした。

 

退職金自体を廃止するのは、止めればいいだけですが、実質的な報酬の一部となっているので、トータルの収入の一部とみなして現給保障をするケースが一般的です。退職金を他の報酬要素に組み込んで実質的な収入水準をキープするよう検討することになりました。

 

 

当時、役員にもつねに海外駐在者がいた関係で株式報酬の導入には踏み込めていませんでした。一方で退職金原資を他の報酬要素に組み込むには、株主との利害一致の比率が大きい業績連動賞与や株式報酬に振り向けないと、株主からの賛同は得られにくくなります。

 

そのような事情を考慮して検討し、月度報酬に上乗せした上で、役員持株会を通じた株式購入を義務付けるというスキームに落ち着きました。

 

退職金は、年金制度とならんで報酬の中では、価値計算が面倒な部類に入ります。考え方と前提条件を整理した上で、理論退職金とそれにかかる所得税や住民税などを計算し、手取り額を求め、その上で、将来の受取る金額を前倒しで受取れることへのメリットを割引率を使って減額し、報酬に置き換えるべき金額を計算します。

 

さらに、計算した手取り額を報酬で受け取れるよう、振り替えた金額にかかる分の所得税や住民税などを計算して、その金額分を上乗せし、最終的な報酬上乗せ額を決定するというプロセスを踏む必要があります。

 

役員に関わる制度の検討や見直しというのは、対象者もさることながら、インサイダー情報に該当する内容が多く、社内で検討する際にも関係者をできるだけ絞り込む必要があります。一方で、制度の詳細設計フェーズになってくると、高い専門性を必要とする場面が出てくるのですが、なかなか実務担当者レベルを巻き込みづらいというジレンマに悩まされることが往々にしてあります。

 

新卒で入社後8年もの期間、給与計算の実務担当をしてきたことが、このときほど役に立ったと思ったことはありませんでした。当時部長の立場でしたが、所得税法は社内で一番詳しいという自信を持っていましたし、得意意識があるため、参考書もすらすら頭に入ってきていました。

 

そうしてほとんど自分ひとりで置き換えロジックを組み立てて、新たな報酬テーブルを完成させ、無事、株主総会で承認を受けることができたのでした。ちなみに制度廃止による退職金は、塩漬けにして各役員の退職時に支給する内規をつくり、退職所得控除の恩恵を受けられるよう設計したのは言うまでもありません。

 

受取る役員さんがどの程度その努力と配慮を認めてくれるかはわかりませんが。

 

つづく…