最初の仕事
はじめての転職経験は比較的スムーズにスタートした。人事部長候補として採用されたものの、試用期間の3ケ月はタイトルなしの部下なし管理職として、まずは会社に慣れてほしいとの配慮をいただいたためだ。
仕事を一緒にするのは、人事部の中でも制度や戦略などを担当するメンバーで課長クラスと主任クラスの2名であった。
まずは、この2人と一緒に経営会議に出席した。経営会議の議題でも人事案件だけを切り出したパートがあり、その仕切りは人事部のこの2名が担当していた。
当時の人事部はおよそ1年半前に導入したあたらしい人事制度の定着・運用に奮闘していた。経営会議ではあたらしい人事制度について、役員さんからさまざまなリクエストがあり、それらに一生懸命対応していた。
なんどか経営会議に同席するようになり雰囲気もつかめてきた。当時の人事部は毎週会議で出されるリクエストに対し、個別の対策案を提示しておりモグラたたきのような状態であった。
本来なら、人事制度導入により起きている事象について、まずはファクトベースで収集し、それを人事目線で整理し課題を抽出する。そのうえで、課題に優先順位をつけて対応をしてくのが手順である。
しかし、大手メーカーの子会社としての歴史が長く、親会社が決めたルールを運用することに慣れていたメンバーも多かった。また制度自体もコンサル会社にお願いし、納品されたものを人事自体が十分に消化していないようにも感じられた。これではなかなか本質的な解決に向けた動きをとるのはむずかしい。
以前の店主だったら、すぐに先頭に立って走り出すところだった。しかし、再就職支援会社のコンサルタントから、就職が決まった後の最後のガイダンスで「成果をあせらず、周囲の人と組織をじっくり観察し、現状を把握すること」とアドバイスをもらっていたので、それを心掛けた。
毎日とくに決まった仕事はまだない。デスクで黙々と就業規則以下のルールと、導入されたあたらしい人事制度の説明資料を読み込み、ノートにまとめていった。腑に落ちない箇所などは、一緒の2人に訊ねたり議論したりして理解を深めていった。
まもなく3ケ月になろうとするころ、人事担当の執行役員に時間をもらい、導入されたあたらしい人事制度の課題と、それらへの対応案とスケジュールをまとめ、提案した。
その内容は、課題への対応案とはなっているものの、人事制度導入の目的やコンセプトは踏襲しつつ、格付け制度、報酬制度、評価制度ならびに昇格制度や教育研修制度までをスコープに入れた大掛かりな内容となっていた。
コンサルが作成し導入した制度をわずか2、3年で作り直す内容であったが、社員の受け止めにも配慮し、あくまで「導入された人事制度のファインチューニング」と銘打ってすすめる提案であった。
この提案にどのようなリクエストがくるか、身構えていた店主であったが、上司の反応はとてもよく、「ぜひ、この内容ですすめてください」の一言であった。
前々職で上司から経営会議決裁までたどり着くのに資料のバージョンが2桁近くまで行くのが当たり前だったので、拍子抜けしてしまうほどであった。こうして転職後の最初の仕事がスタートするのであった。