ジョブファミリー
店主が人事戦略部長になっての最初のミッションは、2年前に導入されたあたらしい人事制度のファインチューニングであった。社内向けにはファインチューニング、つまり入れた制度を微調整して社内へのフィット感を高めると説明していたが、実態は骨格を残して総入れ替えといった感じであった。
従前の役割等級制度から顕在化した能力を基準に格付け、評価を行っていく職能資格制度に変更されていた。2010年代半ばのタイミングで能力主義に舵をきるとは、なかなか大胆な発想だと感じていた。
一方で社内には能力主義になじみのある人材はほとんどおらず、前職で能力主義一筋でその良さも悪さも体験してきた店主の経験と能力を活かせるチャンスであった。
制度改定の中で整理された課題感と方向性は、持続的成長を目指すために人材育成に力を入れていきたい、という意思がとても強く表れている内容であった。それであれば、能力に機軸を置いて人づくりを行っていくという制度設計も腑に落ちる。
その方向性を体現した制度のひとつが「ジョブファミリー」制度であった。社員をいくつかの職種群に区分し、そこに専任の人材育成責任者を配置。人事部門と一緒に主に専門性の領域を中心に、人材育成施策を企画、運用していこうというもの。
人材育成責任者には、各ジョブファミリー出身の部長クラスを配置。これまでの経験をもとに、現状の棚卸しから課題整理、そして具体的な能力向上のためのメニュー開発とその推進をお願いしていた。
このジョブファミリーの仕組みは、実は前職にもあった。人材育成委員会という名称であったが、専門性に基づく職群のメッシュをかなり細かくし、10種類程度に分類していた。
この仕組み、思想と方向性はとてもいい。人材育成は現場で実際の仕事を通じて行われるものであり、その中でも企業の競争優位性の源泉というのは、やはり社員ひとり一人の専門性の高さに他ならない。
そういった意味で現場に近いところで専門性を体系立てて身につけていく仕組みというのは、理にかなっているのだ。
しかし、店主が経験した2社とも、実際にはうまく機能させることができなかった。「現場で実際の仕事を通じて」を実現するためには、だれを将来の幹部候補生とし、重点的に必要な経験をさせる、といった人事評価やジョブローテーションもセットで検討していかなければならない。
それらの運用と権限を「人材育成責任者」といわれる方々に与えられるかがポイントなのだが、この評価、異動といった人事権の中でも重要な権限を、ラインの部長などが離さないのである。ここが制度運用のキモなのだが。
職種群を抱える本部長レベルが自身の後継者と考えているNo.2をここに配置すればいいのだが、ここは組織の中の人事配置である。政治的な思惑もありなかなかうまく調整がつかなかったのだ。
この仕組みを上手に運用している企業も見てきた。やはりそこの人材育成責任者は職種群トップとなる本部長クラスのサクセッションプランの策定と運用をまかされており、そのプラン通りに人事異動やローテーション、ポスト任用を切り盛りしていた。
やはり、社長以下役員クラスが本気になって取り組まないと、このレベルの仕組みはうまくいかない。そういった思いを強くしたジョブファミリー制度であった。