社長交代
入社3年目のまもなく春を迎えるという頃、いつものように本社に出張していると、なにか違う雰囲気を感じた。
社長室を中心に、IRや経理、総務などコーポレート部門を中心になんとなくざわついているのであった。
その理由はすぐにわかった。社長が交代するというのだ。
後任は末席にいた若手有望株でエンジニア出身の執行役員ということであった。それまでの仕事を通じてその優秀さはよくわかっていたので、人選にまったく違和感はなかったのだが、この抜擢人事ともいえる大胆な決断をよく下した、という感じである。
いろいろと聞こえてくる話を総合すると、社長交代の理由は業績不振による事実上の引責辞任ということであった。
店主として2社目の会社となるこの化学メーカーは、ファンドや銀行が引受先になって大手電機メーカー傘下から独立した。
ファンドが引き受けるということは、一般的には短期的な目標は企業価値を向上させ、上場によって引き受けた株式を放出することによる売却益の確保にある。
店主が入社する前年、2015年7月に当時の東証一部に上場を果たした。翌年度には上場後の経営の羅針盤となる「中期経営計画2018」と題した3ケ年計画を発表した。これはいわば株主に対する約束である。
しかし結果は3年連続の未達成であった。それも2年目までは目標は達成できなかったものの、前年対比では成長していたが、最終年度の2019年3月期では、営業利益の達成率が81%から37%へと逆にマイナスしてしまったのだ。
これは、株主に対しての約束としては致命的であった。計画未達の上の前年比割れでは、今後の成長に対し不信感を持たれても言い訳ができないのである。
当時の株価もそれを反映していて、売り出し価格1,600円に対し、半分以下の700円台を推移するというものであった。
社長交代となれば、人事的な手続きはすべて店主の部隊の管轄である。さっそく緊急のミーティングを行い、やるべき項目の洗い出しから手を付けていった。
事務的な手続きは経験からすぐに整理できるのだが、社長交代というのはこの会社でも前例がない。したがってルールが決められていないものは、考え方を整理し、ルール化を前提に企画検討し、提案していく作業だ。なかなかのバタツキ感であった。
それにしても、社長というのは、東京の港区あたりから定期的に派遣され、みなさん60歳定年をしっかり満了して勇退していくことがあたり前の会社に25年間過ごしてきた店主からすると、想像すらしていない出来事であった。
社長というのは結果を出せないと任期を待たずに交代するものなのだ、というあたり前のきびしい現実を目の当たりにし、実感させられたのであった。