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人事屋修行記(第196話)

会食

上司との面談が終わり、「考えさせてください」と告げた。自動車部品メーカー勤務時代からずっと相談に乗ってくれた妻は、これまでの経緯をすべて理解していた。家に帰り、あらためて相談すると、彼女は50代半ばでの会社を辞めるという決断に即座に同意した。その潔い言葉は「なんとかなるでしょ」であった。

 

自動車部品メーカーからの転職を経験し、自分自身も「まあ、なんとかやっていけるだろう」という自信がついていた。妻もまた、どこかで確信を持っていたのかもしれない。こうして、2020年12月末をもって化学メーカーを退職することが決まった。

 

当時の会社では構造改革に伴う早期退職制度が並行して走っており、これに乗ることでかなりの額の割増退職金を得られることになった。この資金があれば、1年ほどは生活に困ることはない。さらに失業給付も受けられるため、当面の生活にメドはついた。

 

しかし、その時点では次に何をすべきか、どのようなビジョンを描くかといった具体的な展望は全くなかった。起業して独立するという選択肢も頭をよぎったが、それは数ある可能性のひとつに過ぎず、本気で会社を立ち上げることなど1ミリも考えていなかった。

 

 

退職予定を、日頃からお世話になっているビジネス関係者や友人に早めに伝えるべきだと考え、Facebookに投稿した。その投稿を見たかどうかは定かではないが、20年来の飲み友達から久々に連絡が入った。彼もまた新しい会社への転職が決まったという。近況報告も兼ねて、ランチをすることになった。場所は都内を想定していたが、なんと彼の新しい会社は、店主の自宅から車で15分ほどの新横浜駅の近くだという。

 

約束の場所は新横浜の駅ビルにあるイタリアンレストラン。久々の再会に胸を躍らせながら、レストランに向かった。会食が始まると、お互いの近況を語り合った後、彼は単刀直入に「会社作らない?」と持ちかけてきた。

 

詳しく話を聞くと、彼はその新横浜にある会社の社長として採用されることが決まっていた。入社前の引き継ぎで話を聴くと、結構前に人事部長が退職して責任者が不在であるという状況を知ったという。彼は「人事は経営の根幹だから、しっかりとした体制を組むべきだ」と考え、フリーランスの立場で人事の専門家として手伝ってくれないかと提案してきたのだ。

 

話を聴くうちに、その会社の事業内容やビジョンが、店主の好みにぴったりと合致していることが分かった。1時間ほどの短い会食であったが、店主の頭の中には、これから始まるであろう新しい仕事のイメージが膨らみ、期待に胸を躍らせながら家路についた。

 

帰宅後、仕事から帰ってきた妻にこの話をすると、彼女は再び即決で「いいじゃない、会社作っちゃいなよ」と後押ししてくれた。成功するかどうかはわからない、それでも「やってみよう」と思わせてくれる妻の決断力は、何よりも心強いものであった。友人には、ぜひ手伝わせてほしいと返事を入れた。

 

こうして起業する決意を固めたものの、会社を作った経験などない。何から手をつけるべきか。そう考えた末、店主はいつもの行動パターンに従い、専門書が並ぶ大きな書店へと向かうのであった。

 

つづく…