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HD創業日誌

卒業式

先日、店主が取締役をつとめさせていただいている採用コンサルティング会社の株主総会があった。創業者の会長が、その日をもって退任した。創業者が会社を去るというのは、なんとなく湿っぽくなりがちなものだが、その日の総会後の様子が、実にステキであった。

 

ふつう、創業社長の退任となると、社員もどこか寂しさを感じ、厳粛なムードに包まれるものだ。ところが、その日の総会後、社員のみなさんが一堂に集まり、まるで追い出しコンパかのような、賑やかな追い出しランチが開かれた。長年の労をねぎらう、とても和やかな、そして明るい会だった。

 

 

ご自身で立ち上げられた会社を、一般的な定年年齢に合わせて身を引き、しっかりと後進を育成してバトンを渡された。しかも、経営数値もすばらしい内容である。

 

この引き際の鮮やかさには、とても感銘を受けた。ある意味、社名に自分の名前を付けたことを後悔したとされる、あの本田宗一郎氏よりも、自分の名前が社名に残っていない分だけ、上手かもしれない。

 

実はこの会長さん、店主にとって自身の人生を変えてくれたと言っても過言ではない、大恩人だ。

 

店主は新卒で入った自動車部品メーカーで、10年間ひたすら工場で労務畑を歩んできた。10年後、本社人事へ異動になるのだが、最初は評価や昇格、異動や配置、社内規定のメンテナンスといった内向き仕事ばかりだった。

 

 

転機が訪れたのは2002年。係長に昇進すると同時に、新卒と中途の採用の仕事も兼務することになったのである。直接の担当ではなかったものの、部下が担当する採用活動を上司として見るようになり、ここから採用や人材開発、組織開発といった「人事の本流」へ踏み込んでいった。

 

そして、この採用の仕事に関わったことがきっかけで、当時お付き合いが始まったのが、現職の採用コンサルティング会社であり、会長さんであった。

 

今から考えると、長年勤めた自動車部品メーカー時代の同僚や上司との付き合いは、退職と同時にほとんど途絶えてしまった。しかし、採用を通じて出会った社外の人々とは、さまざまな形でお付き合いが続いている。

 

当時、新卒採用といえば、とにかく企業本位で、いかに多額の広告費をかけて応募者の「母集団」を確保するかに注力するのが主流だった。学生のことは二の次、という時代だ。

 

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そんな中で、会長さんは「顔の見える就職と採用」というコンセプトを掲げていた。これは、これから社会へ羽ばたく学生を応援し、その価値観に賛同する企業とだけ付き合い、採用をお手伝いするという、当時の採用支援のあり方からすると、とても斬新だが、まっとうなものであった。

 

その採用に対する哲学、価値観に、店主はとても衝撃を受けた。そして、その尖ったコンセプトに共鳴して集まってきた、学生と企業のだましあいのような仕事に辟易していた、協賛企業の人事担当のみなさんとの出会いがあったからこそ、店主は社外に新たなネットワークを築くことができ、起業という道へとつながっていったのだ。

 

会長の鮮やかな「卒業式」の姿と、それを明るく送り出す社員のみなさんを見て、店主の人生を大きく変えてくれた恩人の、見事な引き際を深く心に刻んだのであった。