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気持ちのマネジメント(第6回)

「部下の気持ちを見ているか」と自問自答する

人は感情の生き物だ。頭では正しいと分かっていても、気持ちがついてこなければ足は前に進まない。その行動は、多くの場合、感情に左右される。

 

これは、ビジネスの現場にいる人間なら誰もが実感していることだろう。例えば、大切な商談やプレゼンテーション。わたしたちは、相手に「YES」と言ってもらうために、あらゆる準備をする。相手はどんな情報を欲しているか、どんな言葉をかければ心が動くか。こちらの提案を受け入れた先に、どんな明るい未来が待っているか。相手の感情の動きを想像し、シナリオを組み立てる。そして、コミュニケーションの最中も、相手の表情や声のトーン、些細な仕草から感情を読み取り、リアルタイムで言葉や伝え方を修正していく。

 

これは、特別なスキルというより、むしろ当たり前の作法だ。相手に期待通りの行動をとってほしいと願うなら、相手の感情に配慮するのは当然のこと。

 

しかし、ふと、自分たちの組織に目を向けた時、同じことができているだろうか。特に、上司から部下へのコミュニケーションにおいて、この「当たり前」が見過ごされている場面をあまりに多く目にする。なぜ、顧客や取引先には細やかに配慮するのに、毎日顔を合わせる部下に対しては、それをしないのか。答えは、おそらくシンプルだ。「面倒だから」である。そして、そこにはヒエラルキーやポジションパワーという、便利な道具に頼った「手抜き」が存在する。

 

部下に何かを指示したり、お願いしたりする時。その言葉を受け取った相手が、今どんな気持ちになっているか。そもそも、伝える前の相手はどんなコンディションだったか。そこにまで想像力を働かせているだろうか。

 

 

「これをやっておいて」その一言で、部下は「はい」と答えるかもしれない。特に日本の組織では、その返事が表面的に丁寧であればあるほど、本心が見えにくくなる。その「はい」は、本当に前向きな気持ちから発せられたものだろうか。あるいは、ただの思考停止か、反発を押し殺しただけの諦めかもしれない。

 

もし後者だとしたら、その仕事の質は決して高くはならないだろう。期待した行動は空振りに終わり、成果にはつながらない。そんなコミュニケーションが繰り返されれば、個々のパフォーマンスが落ちるだけでなく、チーム全体の力、すなわち組織力はじわじわと低下していく。

 

もちろん、怒鳴り散らしたり、高圧的な態度で物事を進めたりして、一時的に組織が動くように見えることもあるかもしれない。しかし、そんな方法で人の心が動くはずがない。もしそれで上手くいくなら、マネジメントはこれほど楽なことはないだろう。

 

だが、現実は違う。結局のところ、顧客に向き合う時と同じように、部下の感情にも向き合う必要があるのだ。それなのに、相手が部下になった途端、上下関係という構造に甘えて、その大切なプロセスを省略してしまう。これは、意識しなければ、誰しもが陥りがちな罠だ。

 

では、どうすればこの罠から抜け出せるのか。鍵となるのは「リスペクト」という言葉に集約されるように思う。部下を一人の人間として尊重し、敬意を払うこと。言うのは簡単だが、実践するのは存外に難しい。

 

相手が誰であれ、リスペクトの気持ちがあれば、自然と相手の感情に気を配るはずだ。上司だから、部下だからという関係性は関係ない。つまり、「部下の気持ちを見る」という行為は、「部下を人間としてリスペクトしているか」という問いに他ならないのだ。
これまで、無意識に部下や同僚へのリスペクトを欠いていた人が、明日から急に「リスペクトの達人」になるのは不可能だ。これは、日々のトレーニングによってしか身につかないスキルだと考えるべきだろう。

 

そのトレーニングとは、常に自問自答を繰り返すことだ。「自分は今、相手の気持ちを見ているか?」「自分の言葉は、相手の感情を無視していないか?」。この問いを、マネジメントのあらゆる場面で自分自身に投げかけ続ける。一朝一夕に身につくものではないからこそ、意識的に、継続的に取り組む必要がある。

 

そして、このリスペクトという姿勢は、組織全体で共有されてこそ真価を発揮する。組織の誰もが互いを尊重し合う状態が、本当の意味での組織力を高める。そのためには、まず誰が始めるべきか。答えは明確だ。トップであり、上司である人間からだ。上司が実践していないことを、部下が自発的に始めることはない。逆に、上司が部下をリスペクトし、その感情に配慮する姿を見せれば、部下もまた、その行動を真似るようになる。

 

だからこそ上司が、部下とひとりの人間として向き合うことから始めなければならない。日々のマネジメントの中で、「部下の気持ちを見ているか?」と問い続ける。その地道な繰り返しこそが、強くしなやかな組織を作るための、唯一の道なのだ。