「もっと頑張れ」が響かなくなった理由
ある調査結果を見て、ハッとさせられた。店主が社会人になった頃、当たり前だと思っていた価値観が、静かに、しかし確実に過去のものになりつつある。それは、今の若い世代が持つ、極めて合理的で健全な思考の表れだった。
きっかけは、キャリアアップに関する情報サイトが実施した、30代前半までの若者を対象にした「時間価値」に関する意識調査だ。残業よりもプライベートな時間を重視する傾向は今に始まったことではない。しかし、その理由にこそ、店主の世代との決定的な違いが隠されていた。
「残業代よりもプライベートな時間が重要な最も大きな理由は?」という問いに対し、最も多かった答え。それは「心身の健康を維持し、長く働き続けるために休息や睡眠が必要だから」というものだった。その割合は、実に48.3% 。約半数の若者が、長く働き続けるという目的のために、休息を「必要不可欠なもの」として捉えているのだ。
店主が社会に出たのは、まだバブルの余韻が残る時代。親の世代が築いた「モーレツ社員」の背中を見て育ち、「とにかく残業して仕事をこなすことが、仕事を覚える一番の近道だ」と教えられ、それを信じて疑わなかった。

徹夜も厭わず、がむしゃらに働くことが美徳とされた。当時の仕事のやり方は、今思えばほとんどが精神論で成り立っていたように思う。たまに理屈を述べようものなら、「理屈を言うな」と一蹴され、組織の中で浮いてしまう。そんな空気が職場を支配していた。
何か壁にぶつかっても、かけられる言葉は決まって「とにかく頑張れ」。そして自身も、「とにかく頑張るしかないんだ」と自分に言い聞かせ、根性だけで乗り切ろうとしてきた。しかし、今の若い世代は違う。彼らは、持続可能な働き方を冷静に見据えている。
この変化は、スポーツの世界を見るとより鮮明に理解できる。甲子園を制した慶應義塾高校、箱根駅伝で躍進を続ける青山学院大学。そして、メジャーリーグで歴史を塗り替え続ける大谷翔平選手や山本由伸選手。彼らの活躍の裏側にあるのは、決して根性論だけではない。

試合で最高のパフォーマンスを発揮するために、科学的根拠に基づいた練習メニューをこなし、徹底した体調管理を行う。それは、そうしなければ世界レベルの結果など到底残せないからだ。彼らにとって、休息やコンディショニングは、練習と同じくらい重要な「仕事」の一部なのだ。
このアスリートたちの姿勢は、先ほどの調査で明らかになった若い世代の価値観と見事に重なる。彼らは、自分という資本を最大限に活かし、長期的に成果を出し続けるために、何がもっとも合理的かを理解しているのだ。だからこそ、「とにかく頑張れ」という、具体的でなく、思考停止とも言える言葉が響くはずもない。
むしろ、「もっと頑張れ」としか言えない上司は、「この人は答えを持っていないんだな」「真剣に話を聞いてくれないんだな」と見なされ、信頼を失っていくだけだろう。
人々が時代とともに進化していくように、今の若い世代も、僕らの世代とは比べ物にならないほど進化している。それも、合理的な思考を好み、心身の健康を土台に据えるという、至って正常な進化だ。この事実を肝に銘じ、彼ら彼女らと向き合っていかなければ、組織も個人も、前に進むことはできない。時代にあわせたアップデートが必要なのである。