資料や文書という存在
店主がお手伝いしているクライアントは、その多くが中小規模の企業である。どの会社も真剣に社員と向き合い、素晴らしい理念や人事方針を持っている。決して形式的なものではなく、色々と知恵を絞り、社員のために良かれと思って様々な工夫をこらしているのだ。
しかし、実際に現場で起きていることをうかがうと、様子が違う。経営陣の熱い想いや、せっかく整えた制度が、驚くほど現場に伝わっていないのだ。
会社が新しいルールや制度を導入した際、ここで忘れてはならない大切なポイントがある。それは、「いくら素晴らしい施策を打ったとしても、それが社員に正しく伝わり、理解されていなければ、社員からすれば『何もしていない』のと同じである」という事実である。
どんなに立派な仏像を彫り上げても、魂を入れなければただの木塊であるように、人事施策もまた、現場に伝わらなければただの自己満足に終わってしまう。
では、その「伝え方」というコミュニケーションについて少し考えてみたい。
大企業であれば、伝えるべき相手が大勢いるため、情報のばらつきを防ぐ工夫が必須となる。ていねいに説明資料や文書を作成し、それをベースに各部署のマネジメント層が現場へ説明して落とし込んでいくのが定石だ。それでもなお、意図を正確に伝えるのは至難の業である。
一方、中小企業の場合はそもそも「資料や文書そのものが存在しない」というケースが非常に多い。もちろん、少人数でギリギリの業務を回しているのだから、きっちりとした資料作成にまで手が回らないという事情は痛いほど理解できる。

そのため、どうしても「口頭で伝えて終わり」になりがちだ。さらに厄介なのは、口頭ですら伝え忘れたり、そもそも伝える必要性を十分に理解していない管理職が少なからず存在することである。
もっと踏み込んで言えば、経営と社員をつなぐコミュニケーションの「仕組み」自体が、すっぽりと抜け落ちている会社が多いのだと思うのである。
人の記憶ほどあやしいものはない。昨日食べた昼食のメニューですら怪しいのだから、一度口頭で「なんとなく言われた」程度の会社の施策など、翌日には霧散してしまうのがふつうだ。
「何か新しいルールができた気はするが、具体的にどう変わったのかは思い出せない」。これが、日々目の前の業務に追われている現場の社員たちのリアルな現状である。彼ら彼女らは忙しいのだ。
だからこそ、やはり資料や文書という「形」に残していくことが不可欠なのである。そして、ただ作るだけでなく、それらのドキュメントに社員が「いつでもアクセスできる状態」にしておくことが、最大のポイントなのだと思うのである。
そうすることによって、「伝える」「伝わっている」というコミュニケーションを、その場限りの「一時的なもの」から、「継続している状態」へと変えることができるのである。
「知らない」「分からない」という状態は、人の心に無用な不安や不満を引き起こす。それを解消し、お互いを理解し合える土台を作るためにも、組織のトップやマネジメント層は、社員とのコミュニケーションのあり方、そして文書や資料といったドキュメントの存在意義について、もう一度じっくりと考えるべきでは、と感じたのであった。