自分の意見がないように見える部下の本音を引き出す
会議で意見を求めても「とくにありません」としか言わない。自分の意見がないと思わざるを得ない部下を目の前にして、どうすれば本音を話してくれるのか?と考えた経験は誰にでもある。
今週はそんな場面における部下の気持ちを考えてみたい。
人間の頭の中は、最近流行りのAIのように、プロンプトを入力すれば数秒で整然とした答えを出力してくれるわけではない。そこには、複雑に絡み合った感情や、過去の経験からくる目に見えないブレーキが存在しているのである。部下が「意見がないように見える」とき、その沈黙や「とくにありません」といった発言の裏側には、大きく分けて四つの「言えない事情」が隠れていることが多いのだ。
一つ目は、否定されることへの恐れである。かつて勇気を出して発言した際に「それは違う」「分かっていないな」とあっさり切り捨てられた経験があると、人は無意識に口を閉ざすようになる。評価を下げたくない、無能だと思われたくないという防衛本能が働き、自分の意見を出すことよりも、上司の機嫌や「正解」を探ることにエネルギーを費やしてしまうのである。
二つ目は、単純に思考や情報の整理が追いついていないケースだ。世の中には、すぐに言葉を返すのが得意な人もいれば、じっくりと内省して考えを深める熟考型の人もいる。頭の回転が速い上司のペースに巻き込まれ、「急に振られても言葉がまとまらない」と戸惑っているだけで、決して意見の種がないわけではない。ただ、モヤモヤとした思いを言語化するスキルが少しばかり追いついていないだけなのである。

三つ目は、これが最も根深いが、「どうせ言っても無駄だ」という諦めや無力感である。いくら意見を出しても結局はトップダウンで上司の思い通りに物事が進む環境に長くいると、部下は当事者意識を失っていく。発言するエネルギーを温存し、ただ指示を待つ優等生を演じる方が、組織を生き抜く上で合理的だと学習してしまうのだ。
最後は、知識や経験不足による引け目である。特に新入社員や新しい業務に就いたばかりの者は、「まだ全体像が見えていない自分が、的外れなことを言って迷惑をかけたくない」と過度に遠慮してしまう。自分なんかが意見を言う立場にないという深読みが、彼らの口に重い鍵をかけてしまうのである。
こうして見つめ直してみると、部下の沈黙は「無思考」の証明ではなく、むしろ周囲との関係性の中で生まれた「過剰な配慮」や「葛藤」の表れであることがわかるだろう。彼ら彼女らは何も考えていないのではなく、周囲の空気や過去の痛みを考えすぎているがゆえに動けなくなっているのだ。
意見がなさそうに見えたときに大切なのは、奥にある気持ちに思いを馳せることである。否定されないという心理的安全性を育み、時には言葉が形になるまで「待つ」というリスペクトの姿勢が求められるのだと思うのである。