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気持ちのマネジメント(第32回)

部下が本音を語るための「雑談」とは

マネジメントの立場で部下に本音を語ってほしいと雑談を試みることは多い。しかし目的どおり部下が本音を語ってくれた経験を持つ上司は、おどろくほど少ない。

 

こうした「上司の片思い」とも言えるコミュニケーションのすれ違いは、多くの組織で日常茶飯事だ。上司は関係性を深めようと気軽に「本音」を求めるが、部下の胸中には、上司が想像する以上に高く、分厚い壁がそびえ立っているのだ。

 

例えば、最も大きな壁は「評価に響かないか?」という警戒心である。「不満やネガティブなことを言ったら、扱いづらい奴だと思われないだろうか」。この恐れは、組織で働く以上、常に根底にある。「本音で話して」と笑顔で言われても、部下は瞬時に「上司が求めている枠内での本音」を探ろうとする。本当に思っていることを100パーセントぶつけて良いなどとは、到底信じられないのである。

 

加えて、過去に勇気を出して意見を言っても状況が変わらなかった経験があれば、「波風を立てるくらいなら、適当に合わせておこう」という防衛本能や諦めが働く。また、普段業務の話しかしない上司から急にプライベートや本音に迫る雑談を振られれば、「何か裏の意図があるのでは」と身構えてしまうのも無理はない。真面目な部下ほど、「業務時間中にこんな話をしていていいのだろうか、早く仕事に戻らなければ」と内心焦っていることすらある。

 

 

ここで上司が理解すべきは、こうした部下の警戒心は、彼ら彼女らの性格が閉鎖的だからでも、上司であるあなたの人格が否定されているからでもないということだ。これは「上司と部下」「評価する側とされる側」という、組織の構造上どうしても生じてしまう自然な反応なのである。

 

では、どうすればこの構造的な壁を乗り越え、部下が安心して言葉を紡げるようになるのだろうか。それは、「ここでは何を言っても安全だ」という感覚、昨今よく耳にする心理的安全性を、焦らず時間をかけて醸成していくしかない。

 

そのための第一歩は、実は部下に語らせることではなく、上司自身の自己開示である。「最近、この案件で失敗しちゃって」「実は新しいITツールの導入に戸惑っているんだよね」などと、少しだけ隙や弱みを見せてみるのだ。上司が完璧な鎧を脱ぎ、等身大の姿を見せることで、部下も「自分も完璧でなくていいのだ」と密かに安堵する。

 

そして、部下が少しでも本音らしきものをこぼした時が正念場である。例えば不満や悩みを口にしたとき、「それは違う」「こうすべきだ」と正論やアドバイスで返したくなる気持ちを、ぐっとこらえるのである。即座に否定や解決を試みれば、部下は「やっぱり言わなきゃよかった」と静かに心を閉ざしてしまう。

 

「そう感じていたんだね」と、まずはただその気持ちを受け止める。それが、相手へのリスペクトを伴う真のコミュニケーションの始まりなのだ。

 

最初から仕事の深い悩みなどを引き出そうと焦る必要はない。趣味のこと、最近食べた美味しいもの、飼っているペットの話。そんな本当に他愛のない話から始め、「この上司と話すこと自体に慣れてもらう」のが、実は一番の近道なのである。

 

人の気持ちというものは、システムのようにコマンド一つで最適化できるものではない。泥臭く、時に立ち止まりながら、少しずつ信頼を築き上げていくものなのだ。

 

雑談を、評価のためでも業務改善のためでもなく、ただ目の前の「人」を知るための穏やかな時間にしたいものである。