バス
引っ越す前の家の近所には、線路が走っており、暇さえあれば近所の東北線の線路へ行き、列車を眺めるのが日課だった。まだ東北新幹線が開通する前の話である。東北各県の県庁所在地へ向かう特急列車、近距離の普通列車、そして貨物列車など、今の在来線とは比べ物にならないくらい列車密度の高い路線であり、それこそ1時間でも2時間でも、眺めているだけで全く飽きなかった。
しかし、幼稚園の年少の頃、仙台市内の八木山(やぎやま)という新興住宅地へ引っ越すことになり、店主にとって最大のエンターテインメントであった「鉄道の線路」が近所からなくなってしまったのである。
大好きだった鉄道から引き離され、すっかり落ち込むかと思いきや、ここで新たな出会いがあった。それが「路線バス」である。
引っ越し前の家では、母親と駅前へ買い物に出かけた帰りなどはタクシーを使うことが一般的だった。当時、なぜバスを使わないのかと尋ねると「バスは不便だから」という答えが返ってきたのを覚えている。確かにバス停までは結構な距離があった。
しかし、八木山への引っ越しで環境は一変した。近所に動物園や遊園地といった観光施設があるおかげで、バス路線が非常に充実していたのである。一番近いバス停まで徒歩1、2分、本数の多い動物園前のバス停までも5分とかからない距離感だった。
どこかに出かける時はバスを使うことが日常になり、これが当時の店主の好奇心を大いに刺激した。路線バスに乗るという行為自体がとても新鮮で面白く、運行されている仕組みや車窓から見える風景に夢中になった。
中でも一番興味を引いたのは、山の上の造成地を切り開いた団地から駅前まで続く、片側1車線の曲がりくねった細い道を、曲芸のように上手に運転する運転手のテクニックであった。まさに職人技である。
すっかり魅了された店主にとって、バスに乗る際の特等席は「運転席のすぐ後ろ」になった。そこに座れない時は、立ってでも運転席の後ろに陣取り、運転手のテクニックを食い入るように見ていた。
バス好きは、ただ乗るだけにとどまらなかった。母親にクレヨンとスケッチブックを買ってもらい、毎回乗ってきたバスをページいっぱいに描くのが日課になった。何冊ものスケッチブックをバスの絵で埋め尽くす中で、店主には一つ、どうしても譲れないこだわりがあった。それは、バスの前面や側面にある「行き先表示板」をリアルに描くことである。
まだ幼稚園の年少であり、ひらがなすらおぼつかない年齢である。それでも、行き先表示板に漢字できちんと行き先を書き入れたかった。そこで、バス停で並んでいる時に通り過ぎるバスを指さしては、「あれはどこ行き?」と母親に質問を繰り返し、行き先をどんどん覚えていった。
家に帰ると、覚えた行き先の漢字を母親に教えてもらい、何度も練習した。バスの絵の総仕上げとして「仙台駅前」や「八木山動物公園前」などと書き入れていった。
こうして環境が変わっても、乗り物に対する好奇心はその対象を変えて続いていくのであった。
つづく…