ケンメリのおじさん
新しい家に引っ越し、鉄道が日常から遠ざかったことで、店主の興味は徐々に「自動車」へと移っていった。
当時、店主の家にはマイカーがなかった。父親の通勤の足は90ccのスーパーカブのみ。弟が生まれて家族4人になってからは、出かける時はもっぱらタクシーを利用しており、自家用車に乗る機会は本当になかったのである。
そんな中、親戚の中で唯一マイカーを持っていたのが、父親の一回り以上離れた末の弟、つまり店主の「おじさん」であった。当時まだ大学生だったおじさんは店主をとても可愛がってくれ、当時爆発的にヒットしていたホンダのNIIIの助手席に乗せては、いろんな所へ連れて行ってくれた。
記憶の底に最も鮮明に残っているのは、ガソリンスタンドでの出来事である。給油中、エンジンをかけたまま車を降りようとしたおじさんは、シフトレバーを指さして「いいか、ユウジ。これには絶対触るなよ」と真剣な顔で言った。その一言は、幼い店主の心に強く刻み込まれた。
おじさんは、店主にとって車に関する最高の「先生」でもあった。ただ乗せてくれるだけでなく、アクセル、クラッチ、ブレーキの役割や、ギアチェンジの機能などを、運転しながら実況解説してくれたのである。そのおかげで、店主は小学校就学前にもかかわらず、車を動かすロジックをすっかり理解しているほどの車好きの少年になっていた。
新しい家の近所には動物園と遊園地があり、休日の生活道路には県内外からの観光客の車がズラリと路上駐車されていた。店主はそれらの車を眺めて回り、車種やグレードによるスタイルの違いをどんどん覚えていった。
「後ろのパイプが1本のものと2本のものがあるのはなぜ?」と尋ねた店主に、それがパイプではなく「マフラー」という名前であることを教えてくれたのもおじさんだった。
そんなおじさんが就職後、ついに店主の憧れだった車を購入する。日産スカイライン、通称「ケンメリ」のハードトップ。シルバーのボディで、グレードはGTXであった。

乗せてもらった時の感激は今も忘れられない。包み込まれるようなリア空間、特徴的なダッシュボードとメーター類。おさな心に「走りを意識した本物のクルマ」だと感じた。
すっかり車に魅了された店主は、親にねだって本も買ってもらった。今考えると信じられないことだが、買ってもらった雑誌は「モーターファン」というマニアックな一冊だった。
まだスーパーカーブームが来る前の時代。漢字ばかりで文章は読めなかったが、海外のかっこいいクルマの写真を毎日飽きることもなく眺め続けては、クルマをドライブすることを空想して過ごしていたのであった。
つづく…