ランドセル
幼稚園での1年間もまもなく終わろうとし、いよいよ小学校への入学である。今も昔も変わらない光景だが、小学校入学に向けた準備は、子どもにとっても家族にとっても期待に胸を膨らませる一大イベントである。
当時、祖父母が入学祝いにとランドセルを買ってプレゼントしてくれた。今の時代のようにカラフルな選択肢はなく、男の子なので真っ黒な本革のベーシックな代物である。
それでも、蓋の裏側にはしっかりと名前が刻印されており、それをプレゼントされた店主は、すっかりお兄さんになったような気がして気分が上がった。家の中でも何度も背負っては歩いてみたり、鏡に映る自分の姿を見てみたりと、たいそうはしゃいでいたのを記憶している。
そんな感じで、小学校入学への期待が店主自身も両親も高まっていたのだが、学校から届いた入学準備の案内を見て、一同愕然とすることになる。そこには「ランドセルでの登校は禁止するので、代わりになる手提げ袋を準備しておいてほしい」という旨の通達が書かれていたのだ。

一体どういうことか。学校曰く、「経済的な問題でランドセルが買えない家庭もあるかもしれない。そういった点への配慮から、一律にランドセルでの登校を禁止する」ということであった。一見、もっともらしい理由に聞こえるかもしれないが、買えない家庭があるかもしれないから全員背負ってくるなというのは、いささか論理が飛躍していないだろうか。
そもそも、我が家にはすでにピカピカのランドセルがここにあるのだ。これを一体どうしろというのか。さらにごていねいなことに、代わりの手提げ袋については簡単な設計図のようなものが同封されており、「このサイズ・形で縫って準備せよ」と指定されていた。
幸いにも店主の母親は、自分の洋服を作って着て歩くほど裁縫が非常に得意な人だったので、いとも簡単に店主のお気に入りであった鮮やかな緑色の手提げ袋を作ってくれた。しかし、どこの家庭の親も裁縫が得意なわけではないだろう。
今と違って既製品を探すだけでも一苦労な時代に、まったくもって意味不明な学校独自の勝手なルールであった。ちなみに後年、中学や高校で他の小学校出身の友人に聞いてみたが、教育委員会の方針でもなんでもなく、店主が通った小学校独自のルールであったらしい。
日本の組織にありがちな「事なかれ主義」の象徴のような対応である。問題が起きそうになったら、一律に禁止してしまう。そうすることで、学校側も親も、そして一番大切であるはずの子どもたちも、何も考えずに済むようにするというよくありがちなパターンだ。
小学校入学という人生の節目で、はからずも日本の教育機関におけるお役所対応の理不尽さを体験させられたのであった。
つづく…