Cafe HOUKOKU-DOH

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人事屋修行記(第11話)

入寮前夜

6月の最終週が終わり、週末にかけて川崎工場配属組は引越しです。店主の大卒同期は20名ほどでしたがが、ちょうど半分ほどが川崎、本社配属となり、従業員比率からいうと川崎組が多い年でした。

 

土曜日の朝からトラックに荷物を積込み、搬出終了です。同期と一緒に角田から仙台へ一旦もどり、新幹線で移動することにしました。ちょうど直前の6月20日に東北新幹線の東京駅が開業し、最後まで残っていた上野~東京間が開通したばかりで、2人で早速、東京まで乗ってみようと張り切って乗り込みました。

 

東京へはほどなく到着し、一緒の同期は東京においてきた彼女が待っていて、久々に会えるということで、東京に着くやいなや「それじゃ!」と行ってしまいました。店主は学生時代に何度か東京の大学へ通っている友人のところに遊びに来ていましたので、まったく初めてではなかったのですが、それでも一人は不安でした。

 

周囲の人々は店主などという存在にはまったく関心をもっているわけもないのですが、キョロキョロしているといかにもお登りさんと思われてはずかしいとか、道や電車に迷ったりするとはずかしいとか過剰なまでに気にしていました。

 

その後何ヶ月か住んでみてわかったことですが、東京自体、それ以外の場所から移り住んできた人々が大半で、何もかもがわからないのがあたり前で、駅や道で地図を見たり、いろいろな案内板を見て目的地を探すということは、ごく普通なことで、東京出身者を含め、みんなやっていることだということでした。

 

あれだけの人々がいて、さまざまな場所があって、移り変わりのスピードも速くてはとても覚えられるものではなく、逆に「道や場所は覚えていてあたり前」というのは、覚えられるレベルの狭い環境にいる人の感覚であるということがわかりました。

 

無事、東海道線で川崎まで行き、南武線に乗換え、武蔵小杉に着きました。今夜はここ、川崎工場の最寄り駅近くのホテルに一泊して、翌朝国立にある会社が寮として借り上げたアパートに移動して、荷物の搬入です。

 

ホテルにチェックインして一息ついたとき、ここで自分が初めて親元を離れて一人になったという実感がわいてきました。同期は結構な人数がいましたが、みんな東京の友人のところへ遊びに行ったり、バイクなどで移動したりとバラバラ。今のように携帯もありません。

 

ホテルのまわりを散歩する気にもならず、部屋に一人でじっとしていました。それでもさすがに夜7時ころになるとお腹もすいてきました。そういえば駅からの道すがら東横線の改札口の前に「一番」という中華料理屋があったのを思い出しました。

 

一人で食事するかどうか相当迷いましたが、意を決してその店まで行きビールと定食を注文し、写っていたテレビをぼんやり見ながら食事をしました。そのときの知らない土地に一人できて感じた、心細さとさびしさは、いまだに忘れられません。

 

その後、川崎工場の総務に配属になるのですが、新卒の受け入れを担当していた4年間、毎年配属される新卒の第一日目には、必ず声を掛けて、用事がなければ食事を誘うようにしていました。初対面の人でも、何かでつながっている(ここでは会社ですが)人が目の前にいるという安心感は何物にも代えがたいと思っています。

 

つづく…