Cafe HOUKOKU-DOH

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人事屋修行記

方告堂店主がどのように人事屋としてのキャリアを積み重ねてきたか、日経新聞の「私の履歴書」風にご紹介していきます。 これから人事のキャリアを積み重ねていこうという方にはキャリア検討の参考に、就活している学生さんには、こんな仕事もあるのだという仕事研究に、そして経営者の方には、方告堂のレベル感を評価していただく(汗)、そんなカテゴリーです。 人事屋としてのキャリア30年を連載で振り返っていきたいと思います。 ■更新日:毎週月曜日

人事屋修行記(第70話)

昇進 2002年の4月は、店主にとって入社以来最大の変化が訪れた時期でした。まず、大幅な組織変更があり、従業員意識調査の結果から浮かび上がった課題へ対応するために、それまでの総務部から独立する形で人事部が設立されました。 人事部は、制度設計など…

人事屋修行記(第69話)

ブラジル出張 プロジェクトでは、アマゾン川の上流3千キロにあるマナウス(サッカーワールドカップやったところです)に仮の事務所を立ち上げ、工場建設に向けて会社の体裁を急ピッチで整えていました。そんな中、我々人事部門として現地法人の総務、人事事…

人事屋修行記(第68話)

B2プロ 2000年頃にB2プロジェクトという企業プロが立ち上がりました。内容は名称どおりブラジル二輪プロジェクト。アマゾン川の上流3千キロに位置するマナウスというブラジル第二の都市に、二輪のキャブレター工場を立ち上げるというミッションです。 当時…

人事屋修行記(第67話)

コミュニケーション 当時店主の担当業務のひとつに、運用内規など規定の改廃があることは以前書きました。就業規則以下の人事に関する規定や内規を一冊のファイルにまとめ、各拠点の人事に備え付け、実務の際の参考書として活用してもらうものでした。 現場…

人事屋修行記(第66話)

協業 大手通勤機器メーカーとの事業譲受けの話が出る頃、それとは別に大きな案件がスタートしていました。ドイツの大手電気メーカーとのジョイントベンチャーで、エアバック用の部品を生産する会社を立ち上げることになりました。 社員は店主がいた会社から…

人事屋修行記(第65話)

残業食 2000年当時の本社オフィスは、新宿の新南口にあり、長谷工さんが所有する9階立てのビルでした。当社は7階にあり、3階には吉野家さんの本社も入っていました。 新宿駅の新南口から歩いて5分も掛からないすばらしい立地で、会社の帰りには若手が声…

人事屋修行記(第64話)

事業譲渡(2) 受入れ条件を検討するにあたり、まずは双方の労働条件の比較です。人事制度を比較する場合、まず、骨格となる制度のフレームワークである、資格制度、昇給・昇格制度、報酬制度あたりからスタートします。 先方が作ってくれた比較表が送られ…

人事屋修行記(第63話)

事業譲渡 2001年の4月に老舗の大手通信機器メーカーから出向者を2名受け入れるという話を聞いたのは、出向を受け入れる直前でした。その時点では、まだトップシークレットでしたが、先方企業のカーエレクトロニクス(CE)事業を人も含めて丸ごと譲り受ける…

人事屋修行記(第62話)

2000年問題 1999年の6月に本社へ転勤をしたのですが、この年のもっとも大きな話題は「2000年問題」でした。これは、西暦1999年から2000年に日付が変わるタイミングでコンピューターが日付を間違えて認識して、世界中で大混乱が起きるのではないかというもの…

人事屋修行記(第61話)

東京 新卒での配属は川崎工場だったので、最初の1年弱は電車通勤でしたが、いわゆる「タテライン」と呼ばれる南武線での通勤で、あまり首都圏らしくない通勤電車内の風景でした。 1999年から通い始めた本社は新宿にあり、社宅を杉並区の西荻窪に借りたので…

人事屋修行記(第60話)

昇給計算 本社人事へ異動になって、あたらに担当した仕事の一つに昇給計算がありました。本来の役割、分掌からいえば、給与管理課が担当するのが自然なのですが、当時の給与管理課長が「やったことがないのでうちではできない」の一点張りでらちがあかず(?…

人事屋修行記(第59話)

人事評価 本社に異動してから、人事評価を新たな仕事として担当することになりました。それまでは、旧各社ごとに実施していたものを、統一のルールとツールを使って展開、実施しなければなりません。 評価シートも人事企画から出てきたフォーマットを先輩の…

人事屋修行記(第58話)

出会い 1999年当時一次面接は、東京と大阪で行っていました。店主は面接のヘルプで初めて大阪に出張しました。大阪での面接会場は梅田にある新阪急ビルの会議室です。そのときは飛行機で伊丹まで行ってバスで梅田に向かいました。 当時は、会社説明会兼一次…

人事屋修行記(第57話)

初面接 本社人事に異動になって、うれしかったことの一つに、新卒採用のヘルプの仕事がありました。2つとなりの席で同僚が新卒と中途の採用を担当していました。当然、面接の時期は人手が足りなくなるので、本社人事の全員で面接のヘルプをします。 会社に…

人事屋修行記(第56話)

運用内規 本社での最初の仕事は、運用内規集の作成でした。合併以降、整合作業を通じて就業規則の細かい解釈や運用方法について、一つひとつ決め、それを運用内規という形で作成し、その都度各拠点の人事担当者に説明し配布してきました。 しかし、配布して…

人事屋修行記(第55話)

転勤 人事情報システムの立上げも無事におわり、統一チームのメンバーと、並行して実務で給与計算をしていたメンバーとで構成される給与管理課という正式な組織が4月1日付で発足しました。メンバーはチームメンバーの大半がそのまま引き継ぎました。 店主…

人事屋修行記(第54話)

システム立上げ 年明け1月からの新システムでの給与計算開始に向けて、1999年の年末年始は準備作業で大忙しです。12月は通常の業務においても年末調整やら創立記念式典などで大忙しのところに、上乗せで新システムの立上げですので、チームのメンバーもオー…

人事屋修行記(第53話)

勤怠システム 人事情報管理システムの統合作業もたいへんではありましたが、見方を変えてみれば、情報の箱を作って入れるだけ、あとは、検索の方法を若干工夫するくらいといえます。 また、この頃から管理するデータは、テキストファイルにダウンロードしてE…

人事屋修行記(第52話)

システム統合 格付け移行が固まると、次は旧3社のうちどの会社のシステムを使って人事情報の管理と給与計算をするかという話にフェーズが移りました。旧3社ともそれぞれ大型のオフコンで動くシステムを使っており、システムにはそれぞれ一長一短がありまし…

人事屋修行記(第51話)

格付け移行 合併2年目の1998年夏休み前、人事企画から資格と給与制度の規定など全体概要の説明がありました。おもに経営会議向けの資料をベースに新しい資格制度や給与制度の内容と現在の旧3社の従業員一人ひとりの格付けや給与を具体的にどのように移行す…

人事屋修行記(第50話)

人事情報システム統一チーム 1998年の春すぎになると、人事制度整合の概要がだんだんと伝わってくるようになりました。日程感としては、10月1日付で資格制度、賃金制度、12月に賞与、勤怠、そして翌年の年間評価から評価制度と昇格制度を順次整合し、新しい…

人事屋修行記(第49話)

抵抗勢力 合併からまる1年がたった1998年の5月、初めての大規模な規定の整合となる国外出張の規定案が人事企画からわれわれ工場人事に説明されました。規定というのは紙面では数ページですが、その規定どおりに事務作業をすすめていくには、たくさんのプロ…

人事屋修行記(第48話)

初後輩 会社に入って丸6年が経っていましたが、店主の下にはいっこうに後輩が入ってこなく、入社以来すっと新人の位置づけでやってきました。自分の担当業務はもちろんのこと、課内のこまごまとしたことや、ちから仕事、近所のへんなおじさんが食堂に迷い込…

人事屋修行記(第47話)

整合作業 合併というのは吸収合併でない限り、仕事のやり方や価値観、はたまた1枚の帳票にいたるまで仕事にまつわるすべてのものをどうするのか、決めていかなければなりません。その元となるのがルール、規定です。 当時、合併の整合作業における上位方針…

人事屋修行記(第46話)

ひとり2勤 合併の発表をして以降、店主の仕事は通常業務のほかに、合併の整合作業がプラスされました。すべての整合作業をイッキにすすめることはできないので、項目ごとに優先順位をつけ、まずは最低限あわせておかなければいけない部分を一緒にするという…

人事屋修行記(第45話)

業務集約 店主が宮城の工場に転勤してから合併まで約1年半の時間があるのですが、転勤してしばらくたつと周囲の主要メンバーの顔と名前も一致してきて、人数の多さにも慣れ多少余裕が出てきました。 当時は若くて勢いがあったせいか、とにかく日常の仕事の…

人事屋修行記(第44話)

ピンチ 合併直前の1996年12月、本社人事の先輩から電話が入りました。当時すでに仕事上のやり取りはひんぱんでしょっちゅう電話はかかってきていましたが、その日の電話は何か神妙な感じで始まりました。 「これから聞くことは絶対に口外しないこと。電話が…

人事屋修行記(第43話)

新会社誕生の日 1997年4月1日は、ホンダ系部品メーカーの3社が合併し、新会社がスタートした日でした。その日は、朝早くから会社に行き、新会社における第一回目の取締役会の準備です。 宮城の研修厚生センターの研修室にテーブルをロの字型に並べ、30数…

人事屋修行記(第42話)

合併 宮城の工場に転勤した翌年の1996年夏頃、社内の動きがなんだかあわただしくなってきました。新宿の本社から管理本部長や総務部長、人事企画部長なんかも頻繁に出張してくるようになりました。 合併半年前の秋ごろに、正式な合併の発表として、役員から…

人事屋修行記(第41話)

夏祭り 宮城工場のある街における店主の勤めていた会社の位置づけというのは、実に大きな存在でした。店主のいた工場の代表電話番号が「63‐1111」なのに、市役所の代表番号が「63‐2111」だったり、毎年市長の方から会社にあいさつにくるといった感じでした。…