人事屋修行記
世間標準 2015年当時、前職では製品不良や仕損品の未処理、客先からの監査指摘などが頻発し、問題となっていました。どの案件もその原因を紐解いていくと、作業標準どおりの作業が行われていなかったり、ルールどおりの処理がなされていないなど、決め事が守…
女性初駐在 2015年当時、前々職ではメキシコに工場を作ってインジェクターという燃料噴射弁の生産を立ち上げていました。インジェクターはガソリンを霧吹きのようにエンジン内に噴射するのですが、その噴射のコントロールはエンジンの回転に合わせて、毎秒30…
企業倫理改善提案窓口 コンプライアンスへの高まりを受けて、前々職の会社でも「企業倫理改善提案窓口」という内部通報の受付窓口を設置していました。会社の業績を左右するような重要な仕事ではない一方で、相談内容への対応を間違うと、会社存続の危機に発…
オルグ 前職の会社では、海外オルグといって、労働組合の執行部と人事メンバーで海外駐在員の仕事や生活実態の確認を目的に海外拠点を訪問するイベントを定期的に開催していました。海外拠点は30カ所以上あるので、3つの地域に分けて各拠点3年ごとにまわっ…
昇格審査 店主が人事部長となったと4/1付けで、人事係長を店主と同い年のベテランから若手有望株の女性にバトンタッチしました。彼女はもともと営業志望で入社したのですが、営業部門で活かしきれずにいたところを人事で引き受けてきてもらったのでした。 子…
経団連 前々職の会社は、親会社のお付き合いで経団連に加入していました。会員企業全体での定期的な会合があり、各社社長に対し出席案内が届きます。ほとんどの会社では、このような定例会合にトップが参加することはなく、代理の社員が出席をしています。 …
立替金残高 前々職では給与計算の部隊も社内に持っていて、国内単独4千名と駐在員2百名分の給与計算を行っていました。メンバーは係長以下6名で毎月の給与計算から賞与計算、給与改定、社会保険の得喪、それから厚生制度の運営と手続きまで幅広く行ってい…
バースデーメッセージ 人事部長になったことは、自分の組織運営をあらためて考えてみる機会になりました。店主がたどり着いたのは、部長と課長でマネジメントにおいて一番違うところは、メンバーに直接働きかけるのではなく、課長を通じて仕事を進めて成果を…
フィロソフィー 人事部長になってまず、手を付けたのは、以前から課題感を持っていた経営理念の共有を強化することでした。経営理念については、1997年の三社合併時に作り直したフィロソフィーと呼ばれる経営理念があり、合併が落ち着いた2001年に当時の次世…
人事部長 秋口に受けた外部アセスメントや役員面接も無事に通過し、部長クラスの等級への昇格の内示をもらったのが、12月の半ばでした。これまで2年近く部長はやってきてはいたものの、会社から正式に部長の能力を認められ、やはり素直にうれしいと同時に、…
春闘 前職では、ショップ制の労働組合があったため、夏冬の賞与は毎年、2月から3月にかけての春闘の場で、労使で交渉をして決めていくスタイルをとっていました。当時、労働組合の全社の窓口は、店主の担当していた人事企画室となっていて、店主は労組担当…
経営アセスメント 昨年の部長昇進一年目には、昇進試験の候補に選ばれなかったので、今年は声がかかるかと、期待半分、不安半分で毎日を過ごしていました。人事の立場としては昇進試験というものは実に微妙で、チャレンジして実力を試してみたい一方で、事務…
協業検討プロジェクト 2013年の秋、匿名のプロジェクトにお誘いがかかりました。4つある事業のうち、車載用空調事業で国内の同業メーカーと協業を視野にフィジビリティスタディを行うということ。若い頃からこの手の案件にはことごとく呼ばれていましたが、…
役員退職金廃止 前年に執行役員制度を導入したのですが、世の中はスチュワードシップコードや監査等委員会設置会社導入への会社法改正など、日本の周回遅れのガバナンスを強化する動きが強まっていた時期でした。社長や管理本部長の関心もとても高く、執行役…
本部週次ミーティング 本部長が交代してまず変わったことは、毎週本部の全部長との週次ミーティングが開催されるようになったことでした。前任の本部長は、そのような時間を一切設けず、必要な指示は個別に都度行うタイプの人で、毎週開催されている役員ミー…
本部長交代 前々職の会社は、大手自動車会社系列の部品メーカーで、規模もグループ内では一番大きかったので、主要な役員は親会社から転籍してくることが通例となっていました。ポジションとしては社長以外に番頭役の管理本部長、クルマの性能を左右する機能…
幹部研修 突発性難聴自体は、順調に回復していったのですが、一方で落ち込んだ気分はまったく治っていきません。いままで一番自信を持っていたハードワークへの耐性という能力が根底から崩れたのですから無理もない話しです。そんな時期に幹部研修への参加指…
突発性難聴 2012年は部長に昇進して1年目。当然、昇格審査チャレンジの声が掛かるかと気になるところです。一方で隣の総務部長もまだ課長級の等級で、こちらは昇格審査チャレンジの年令ギリギリ。店主は当時45才とチャレンジには年令的にまだまだ余裕でした…
事業譲受2 事業譲渡による転籍者の受け入れは、およそ10年前に沖電気さんのカーエレ事業部を受け入れた際に担当していましたので、なにをどのような手順で進めていくかのイメージは頭の中に入っていました。なので、TODOリストとスケジュールはあっさり完成…
事業譲受 この頃昭和電工から熱交換器事業を譲り受ける話しが進んでいました。前々職では自動車のエンジン制御ユニットの他に、自動車用エアコンの事業も持っていましたが、エアコンユニット全体を構成できる部品すべては手がけてはおらず、モジュール提案で…
労使TOPミーティング 前職の会社では、ショップ制の労働組合があり、組合対応というのも人事の重要な役割の一つでした。労使の公式なコミュニケーションの場は、春闘などの団体交渉の他に、労使協議制というおもに経営側が経営計画策定の前提条件となる環境…
部長昇進 2012年4月発足した人事企画室は、店主を含めて室長以下4名、フィリピン現法を閉めて帰ってきた50代後半の室長と、課長クラスの専門職、それからベテランの派遣女性というメンバーでした。 室長は、人事畑一筋の方で、合併後は当時の人事企画室メ…
執行役員制度 人事企画室への異動後、最初の大きな企画は、執行役員制度の導入でした。前々職では、1997年に系列のグループ3社が合併して取締役が30人を超え、経営の効率化による合併効果を狙い、当時流行り始めていた執行役員制度を導入しました。 しかし…
稼働日変更 東日本大震災では、電力不足が深刻となり、地震の直後は計画停電などが実施されました。その後、計画停電は行われなくなったものの、関東地方は夏場に向けて電力不足が予想され、政府から各業界団体へ節電への協力要請が行われました。自動車業界…
ルネサス支援 東日本大震災では多くの企業が被災し、サプライチェーンが寸断されました。前職の自動車業界も同様でしたが、なかでも深刻だったのは、車載用コンピューターの心臓部分であるマイコンに使う半導体工場が被災したことでした。 ひたちなか市にあ…
復旧作業 地震の翌日、電車が動くのにあわせて宇都宮への移動を始めました。鉄道の動きが悪く、結局赤羽からタクシーで丸一日かけて宇都宮へ戻ることに。宇都宮の社宅は驚くほど何もなかったようにそのままで、唯一観葉植物が一つ倒れていたくらいでした。 …
39階 3月10日の木曜日。店主と総務課長は役員秘書3人の息抜きを兼ねて、宇都宮駅東口の焼肉屋で食事会を開いていました。3人のうち2人はかなりの酒量。店主もそれに引きずられ、結構な量のお酒を過ごして帰宅しました。翌日は4月からの人事企画室立ち上…
人事企画室 栃木の研究所に転勤して半年も経たない2011年のはじめ、人事企画の専任部署を立ち上げるという話しが持ち上がりました。人事の企画専任として8ヶ月やってきたわけですが、企画の専任メンバーを置いたことが、思いのほかテーマが進むことに気をよ…
本社機能集約 前職の本社は新宿のオフィスビルにありました。置いていた機能としては、総務、法務、広報、人事、経理、財務、連結事業管理などで、一番多いときで40名ほどのメンバーがいました。 BtoBメーカーでは、本社機能は対外的なつながりから東京にあ…
内部通報 企画担当になったものの、人事課長時代に担当していたいくつかの仕事は、後任の課長にすぐに引き継ぐのは荷が重いと、当面の間担当することになりました。その中には従業員の賞罰に関する仕事がありました。 従業員に就業規則に定める懲戒規定に抵…