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人事屋修行記(第113話)

雇用調整

2008年の秋、米国のリーマンブラザーズという投資銀行が経営破たんしたというニュースは見ていましたが、当時の店主はそれがどのような影響を自分のまわりにおよぼすのかまでは、想像力が至りませんでした。

 

今思えば、それよりさかのぼること1年以上前に、日経ビジネスの記事で、米国の住宅バブルについて、警鐘を鳴らしていた記事を読んでいて、その前兆は確実にあったのでした。

 

3ヶ月後の12月頃から社内がざわつき始めました。世界的な四輪車の販売台数減により、各部品とも大幅な生産減の見通し、売上は数百億円規模でダウンというものでした。緊急の経費削減通達が出され、出張禁止、暖房、照明など光熱費カット、不要不急の施策中止など、徹底的にキャッシュアウトを抑えるものでした。

 

通達が出された頃、店主は人事の担当役員に呼ばれました。「 生産量が大幅に落ち込んで要員に余剰が出る見通しだが、その対策としてなにかいいアイデアはないか」というもの。

 

生産本部の試算では、全社で5百名以上いた製造派遣の方々を契約解除してもまだ百名単位で余剰が発生するというのです。

 

 

雇用を維持しながら、人件費を垂れ流さないように仕事をアサインし、かつキャッシュアウトを徹底的に抑えるには?という命題に、ボクはいままでの経験と知識を総動員して、さまざまな情報を調べ、必死で考え抜きました。

 

当時は新宿の本社にいたので、煮詰まるとすぐ隣のビルの書店に足を運びました。90万冊の品揃えをうたうだけあり、人事労務関連の書棚だけでもすごく充実しており、そこで関係する専門書を片っ端から読み漁って、必要な本を買って帰りました。

 

ここで特に役立ったのが労働基準法の知識でした。法律では、会社の都合で社員を休ませる場合には、平均賃金の6割を休業手当として支払い、社員の最低限の生活を保障することが定められています。平均賃金は1日あたりの金額で定められているので、まるまる1日休ませるとその6割の休業手当を支払わなければなりません。

 

一方で、6割の休業手当以上の収入があればいいので、1日8時間の所定労働時間を6割の4時間48分にして、その分の給料を払うのであれば、休業手当の支払い義務は発生しません。

 

ただ、工場操業の効率からいうと、1日あたりの操業時間を短縮するより、1日単位で生産を止めたほうが光熱費などの経費効率はよくなり、同じように複数ある工場はライン単位で止めるよりも、要員の配置を工夫して、工場単位で止めたほうが効率はよくなります。

 

そんなことを調べていくうちに、休業手当の半分を国が負担してくれる「雇用調整助成金」という制度にたどり着きました。これであれば、工場単位、1日単位で生産を止めても、平均賃金の3割のキャッシュアウトで済みますし、要員のやりくりなど煩雑な調整を行わずに済むので、結果的にスピード感を持って効率的に実施できます。

 

早速この案をまとめて、担当役員に報告すると、その足で社長への報告となり、生産本部と調整の上、次の役員会へ提案するように指示されました。自分でも驚くほどのスムーズな意思決定に、本当にこの案を進めていいのだろうかと怖くなったのを今でも覚えています。

 

そして、役員会に提案する際には、雇用調整実施の手順として、社員の給与に手をつける前に、経費削減、投資抑制、資産売却、残業抑制、新卒・中途採用抑制、退職不補充、出向・配転による余剰人員吸収、派遣社員削減、有期社員雇い止め、役員報酬カット、管理職の年俸カット、業績給カットなど必要な施策をすべてやりつくした後でなければならないということも、人事屋としてしっかりと付け加えました。

 

このような手順を経て、年が明けた2009年の1月から約半年間にわたって、月に数日、工場の操業停止が行われたのでした。

 

つづく…