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人事屋修行記(第110話)

役員退任説明

人事の仕事の中には、役員の処遇管理といったあまり社員のみなさんには馴染みのない仕 事もあります。役員も当然、仕事をして報酬を受け取ったり、ボーナスをもらったりする わけですが、役員という特殊な立場のため、その仕事に関わる人はごく限られたメンバー となります。

 

店主は、1999年に本社の人事に異動してから、先輩と一緒に役員の処遇管理を担当す るようになりました。やること自体は一般の社員と同じで、社員でいう格付を決めて報酬を決定し、それを支払ったり、評価や業績を勘案してボーナスを決めたりしていきます。

 

ただ、一般の社員と違うところは、会社との契約関係と適用される法律です。役員(正確 には会社法でいう取締役)と会社は雇用契約ではなく、委任契約という目的の範囲内である程度の自由裁量の権限をもって、独立して委託された業務を遂行し、その対価として報酬を受け取るという関係です。会社員が会社から業務命令をされてそれを行うという点からするとずいぶん違います。

 

また、雇用契約ではありませんから、労働基準法も適用されません。また、所得税法や法 人税法など税金に関する法律も役員は特別な取扱いを設けていて、役員の人事管理をしていくためには、一般社員に関する人事の知識にプラスしてそれらの知識も勉強していく必要があります。

 

 

店主は係長になる前から実務を通じてそれらの知識を身につけていけたので、とてもラッキーだったと思います。そうして、一緒にその仕事をやってきた先輩、先週お話した人事部長が交代してからは、店主がその領域を一人で担当することになりました。

 

それら役員関係の実務のなかで一番気を使うのは、退任される役員への説明です。店主は人事という仕事は社員の会社人生のスタートから終わりまで関わっていく仕事だと考えています。その中で退職についての仕事が一番大事だと考えています。なぜなら、在職中にどんなにすばらしい経験をしたとしても、最後の印象がその会社の印象になってしまうか らです。

 

どんなに充実した会社生活を送ったとしても、退職のときの扱いがお粗末だとしたら、その会社への印象はとても悪いものとして心の中に残り、それは二度と払拭される機会がありません。一方で、会社生活では苦しいことやつらいことなどたくさんあったとしても、最後の印象がよければ、いい会社だったという思い出だけが残っていくことになります。ですので、退職の説明に関しては、細心の注意を払い、最大の労力をかけて準備をしてのぞんでいました。

 

毎年5~6月にかけての時期に、退任される役員に対して退職説明をしていきます。説明の中身は、社員とほとんど同じで、最終の報酬の支払い方や退職金の説明、厚生制度の退職後の切り替えや取扱い、そして社会保険の取扱いの説明と手続きなどです。

 

役員ならではの説明では、住民税には気をつけていました。なにせもらっている金額が大きいですから、住民税の金額も年間で数百万になったりすることもあります。在職中は特別徴収といって報酬から天引きされているので本人は払っているという感覚すらない場合が多いのですが、いざ、現金で払うとなるとその金額の大きさにビックリすると同時に、 前年の収入に対して翌年の6月に税金の納付書がきますので、それを事前に想定して資金繰りをしておくようにという説明が欠かせません。

 

退職説明をしていると、役員の人柄が垣間見えてくるのも興味深いものでした。仕事には非常に厳しく、声を掛けるのもはばかられるような役員から、説明内容に関してとてもわかりやすいと感謝されたり、優秀で実績も上げられた方なのに、社会保険と聞いただけでしり込みをしてしまったりと、いつも見ていた仕事の中では見えなかった一面を見せてく れる方が多かった気がします。

 

 

極めつけは、親会社でF1エンジン設計の責任者で、黄金時代を築いたエンジニアの方が専務を退任されるときでした。店主が社会保険の仕組みや手続きをひと通り説明し終わると、ひと言「赤坂さん、すごいですね、とても詳しいし、わかりやすい。どこでそん な専門的な知識を勉強されたのですか」と真顔で尋ねられ、感心されたことがありました。

 

ボクにいわせれば、F1のエンジン設計やって、世界一になった人のほうがくらべものに ならないくらいすごいと思うのですが、これまでやってきた退職説明を振り返ってみると、 真に優秀な方ほど謙虚で、他者に対して優しく、ご自身の専門領域以外のことについては、人の話をよく聞かれる方が多かったと思います。そこらへんが一流の人物とそうではない人 との違いなのかも知れません。

 

つづく…