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人事屋修行記(第6話)

作業服

内定式が終わってから、会社からの連絡はほとんどありません。12月頃にビジネスマナーの通信教育が送られてきたのと、社内報への自己紹介に載せる原稿を送るようにとの2回だけでした。

 

自己紹介の原稿は、そんなに気にもとめずさっさと書いて送りました。まさか社内の先輩方、特に実習先の現場の方々が常に職場の手元においていて、何かあるとその社内報を見て、新入社員を特定することに使われるなど、夢にも思いませんでした。

 

3月に無事大学を卒業し、入社までにヒマがあったので、小さい頃からどうしてもしてみたかったバスの運転をするために、大型二種の免許を取りに行くことにしました。

 

これであれば合法的にバスを運転することができます。幸いなことに近所に練習をさせてくれる教習所があり、そこへ早速入校、5時間で2万5千円の料金を支払い、念願のバスを運転することができました。

 

せっかく練習もしたので、それから運転免許センターに毎日通い、8回目で合格しました。でも、その後この免許は一度も役に立っていないどころか、免許の更新のたびに、視力検査でハラハラさせられ(大型は片眼0.8以上、両眼で1.0以上が必要)、次回の更新は眼鏡等の条件が付きそうです。

 

そんなお気楽な学生生活を送りながらも、さすがのボクも段々不安になってきました。「スーツはリクルートスーツ一着しか持っていないし、Yシャツやネクタイもそんなに数はない。毎日同じものを着ていくわけにもいかない。どうしよう」そんなことを考えながら、でも学生の身分でスーツやネクタイが簡単に買えるわけもなく、まずは出社してから周囲の様子を見てから考えようということにしました。

 

さて、いよいよ入社式の日。ボクは仙台の実家を朝早く出て、仙台駅から電車で角田(宮城県の南部、福島との県境に近い)まで行くことにしていました。当面の寮生活のための着替えが入った大きなボストンバックを抱え、実家を出るボクを母親が道路まで見送りにきてくれました。

 

「それじゃ行ってきます」というボクにオフクロが一言。

「裕司、つらいことがあったらいつでも帰ってきていいんだからね。ここはあなたの家なんだから。いいかい、わかった」

 

ボクのオフクロはどちらかというと厳しい人で、特に仕事に対してはアルバイトだろうが厳しく言われてきました。「仕事をしてお金をいただくということは、すごく大変なこと。例えアルバイトだろうが、先方さまがお前をあてにしているのだから、何があっても約束どおりに行って仕事をしなければいけない」と学生時代からアルバイトなどを休むことを決して許さない人でした。そのオフクロが予想もしない言葉を掛けてくれたのです。

 

ボクはそれに「わかった」と一言だけ返事をして家を後にしましたが、心の中では、この先どんなに大変なことがあっても、一人前になるまでは決して途中で投げ出して実家に帰ることはできないと自分に言い聞かせていました。 

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仙台駅から東北線阿武隈急行を乗り継ぐこと約50分、天気がよく春の陽ざしがあたたかく車窓から入ってきて心地よかったことを記憶しています。これから入社式でなければどんなにいい旅かとも。

 

そうして角田駅に到着しました。同じ電車からボクと似たような格好で降りる若者も何人かいました。角田駅にはいままでお世話になってきた採用担当者さんが迎えにきてくれることになっていました。そして改札をぬけたところに立っていたのは確かに担当者さんともう一人の2人でした。目にも真っ白な作業服を着て…

 

ボクはその2人を見てしばらくぼう然としていました。自分で何が起こったのかさっぱり理解できませんでした。自分の中ではとても長い時間だったように感じましたが、おそらくほんの一瞬だったと思います。

 

なんとボクはこの会社で働くときに「作業服を着る」ということをこのときまでまったく考えていませんでした。この瞬間、ボクが今まで描いてきたスーツにネクタイ姿のカッコイイビジネスパーソンとして活躍しているイメージは根底から否定されたのでした…。

 

つづく…