Cafe HOUKOKU-DOH

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人事屋修行記(第17話)

チェックの大切さ

毎日のルーティンとして勤怠の処理から覚えた店主は、次に給与計算の業務を担当しました。当時の給与計算は川崎の工場と宮城の工場の2ヶ所で担当者が各々1人ずついて、共通のシステムに別々にデータをインプットし、システムの担当者にプログラムのオペレーションをお願いして、計算結果が紙の賃金台帳で印刷されて出てきて、それをチェックするというやり方でした。

 

使っていたプログラムは1960年代に導入された汎用コンピューターで計算するシステムで、従業員一人ひとりの本給や手当などのマスタ項目の改廃は、専用のカラム(桁)を刻んだ用紙に手書きで上書きする数値を書き入れ、それを情報システム課のキーパンチャーフロッピーディスクに専用の機械で打ち込み、そのフロッピーをシステムの担当者が汎用コンピューターに読み込んで、計算をまわすというものでした。

 

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データを全部入れて、計算結果がでるまでのオペレーションをシステムの担当者にお願いするので、当然相手の都合もありますし、そもそも何度もやり直しということになればそれだけ仕事が増えるため、迷惑がかかります。

 

なので、計算をまわす前のデータ作成の際に、理論的に計算結果を考え、その月の変化点から特に間違えそうなところを事前に潰し込んで、このデータを投入すれば理論上完璧というまで、事前のシュミレーションと投入データのチェックを行ってから、本番の計算をスタートさせていました。

 

それでも賃金台帳が出てきて、それをチェックすると考えたとおりの結果になっておらず度々やり直し、システムの担当者にはずいぶんと迷惑をかけしました。

 

一番やっかいだったのは、入退社のときの手計算カードと呼ばれるもので、これはすべての計算式やマスタ金額に関わらず、このカードの内容がそのまま計算結果になるという、ジョーカーのようなカードで、要するに給与明細がそのまま投入用紙になったようなもので、給与計算を手計算でやった結果の数字を書き込んでいくものです。

 

当時のコンピューターはいまと違ってあまり性能がよくなく、入退社のような複雑な計算はプログラミングできなかったのだと思います。この手計算カードがクセもので、作成して指導係の先輩にOKをもらうまで何回もやり直しさせられました。

 

例えば基準内給料の日割り計算の端数処理が間違っていて直すのですが、それに伴って雇用保険の金額を直し忘れたり、住宅手当の金額が違っていて手当は直したのに時間外手当の単価を直し忘れたりと、全部OKをもらうのに相当苦労した思い出があります。

 

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人事の仕事のなかのひとつにすぎない給与計算ですが、ものづくりの仕事と似ていて、我々担当者にとっては4千5百分の1の間違いかもしれませんが、お客様である従業員にとっては、1ヶ月間汗水たらして一生懸命働いたすべての結果としての給料であり、それが間違っていたということは、その人が受ける会社からのメッセージそのものが間違っていたということです。ビジネスでいえばお金を払って買ったモノが不良品であったのと同じことであるということです。要するにお客様にとっては、1分の1の間違いであり、不良品ということです。

 

新入社員のときに徹底的に教え込まれたのはその一点でした。給与計算の仕事では、計算結果を時間の許す限りなんども見直しをしてチェックを繰り返していきました。それでも給与支給日には、問い合わせがくるのではないかと心配で、みんなが帰っていってホッとするという感じでした。

 

仕事を覚えてくるにしたがって、チェックのポイントというものがわかってきて、理論的にココとココが間違っていなければ、全体の結果は間違いないというような仕組みがだんだん見えてきました。チェックとは、「どこを確認すればミスの確率を限りなくゼロに近づけられるか」に頭を使うか、ということであり、それが自分の仕事の付加価値と考えるようになりました。

 

それでも、給与支給日に全員の給与が支給されていない夢を見ることもたびたびでした。それほど精神的にプレッシャーのかかる仕事だったのだと思います。でもそのような仕事を新人のときに経験できたことが、店主のその後に大きな影響を与え、仕事の品質につながっていったと考えています。

 

つづく…