Cafe HOUKOKU-DOH

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人事屋修行記(第19話)

現場感覚

 

勤怠の処理を担当していると、届出の内容だけでは中身がきちんと確認できないことがしばしば出てきます。出張や外出の申請が出ているのに、タイムカードの打刻があったり、同じ日に有休と出張の申請が重なって出ていたりと、書類だけを見ていたのでは、内容がハッキリせず、データの処理ができないのです。

 

店主が配属された川崎工場は、二輪のホンダ向け以外の製品を一手に手がけている工場で、開発から製造まですべての機能があり、1つの会社として独立できる体裁を持っていました。正規従業員だけで500人、パートや派遣社員もあわせと800人程度の規模でした。

 

現場の各ラインには内線電話がありますが、製造事務所ではなくラインに電話があるのがほとんどですので、いつも電話の前に人がいる訳ではありません。製造部門には庶務担当もいたのですが、1人で200人からの製造部門の庶務業務を担当するので、勤怠の問い合わせばかりに時間を割くこともできませんし、何より、確認する内容も複雑な場合が多く直接確認する必要があることが大半でした。

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店主は現場の製造ラインに勤怠届などを抱えて内容の確認をしに行くことが日課となっていましたが、最初これがいやでたまりませんでした。製造ラインに行くと班長や係長といった責任者の人に確認をしに行くわけですが、みなさん当時20代後半から30代前半の若手で、大半が川崎や横浜近辺の工業高校を出た、勢いのいい方々です。最初現場に行ったとき、入る会社を間違えたかと思ったくらいです。

 

現場に行って、このような勢いのいい班長、係長に声をかけるわけですが、みなさん職人気質がたくさんある方々で、忙しそうに作業をされていて、返事をしてくれません。何度も「すみません、ちょっといいですか?」と声をかけると何度目かで、面倒くさそうに顔も上げずに「なに?」って感じです。そこでひるまずに一気に要件を話す訳ですが、それに対しても「おぅ、わかった」と一言だけです。

 

いま冷静に考えると、何年かぶりで工場の人事に大卒の新人が来たって事で、現場のみなさんとしては、すこしイジってやろうくらいの感覚だったのだと思いますし、みなさんあまり社交的ではなく、恥ずかしがり屋だったと思います。そんな日々がしばらく続いていました。

 

半年くらい経ったある日のこと、製造課の庶務を担当していた女性が店主のところに来て「今度の日曜日ヒマ?」と訪ねられました。当然暇な訳ですけど、「なにかあるんですか」と聞くと、「製造部門の若手が結婚するので、二次会やるんだけど良かったらこない?」と誘われました。当然コワオモテの班長や係長も来るだろうと思いましたが、彼女も行くということだったので、思い切って行くことにしました。

 

当日は横浜中華街のお店に製造部門を中心に200人くらいの従業員が集まっていました。開発や生技など製造以外からも結構な人数が来ていて、川崎工場のまとまりの良さに関心しました。二次会自体はつつがなく進行し、店主は知り合いがほとんどいないこともあって、隅の方で静かに飲んでいました。

 

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やがて二次会お決まりのビンゴが始まったのですが、なんと店主が最初のほうでビンゴしてしまったのです。司会者に呼ばれみんなの前に出されて緊張がマックスになっている瞬間に第一声、「なんでオメーがビンゴなんだよ!人事がこういうときにビンゴなんて場がしらけるじゃねえかよ!少し空気読めよ、バカ!」。顔が真っ赤になり、心臓は口から飛び出しそうで、このときほど時間が長く感じ、調子に乗ってビンゴなんてしなければよかったと後悔しました。

 

みんなの前でひとしきりイジられ、でも賞品はもらって席に戻りました。ところがイジられたことがきっかけで、みんが話しかけてきてくれるようになりました。工場のみなさんは、どうも話すきっかけがつかめなかったようで、「イジられて大変だったね」とか「司会のあいつはいつもああだから気にすんなよ」など、たくさんの人と話すことができました。

 

今でもそうですが、飲み会で一緒になった人と次に会社で会うと、「この間はどうも」という感じであいさつをするきっかけができます。店主の場合もその後、たくさんの工場の方々からあいさつをしてもらえるようになりました。そして、その後は製造部門のすべての飲み会には必ず声がかかるようになり、常連メンバーにしてもらいました。

 

それでも班長さんたちからは相変わらず、「オマエは事務的だからな」とイジられてはいましたが。現場に行くことが楽しくなったのは言うまでもありません。

 

つづく…